3月14(火)〜16日(木)の日程で、よか隊ネットスタッフは、東北視察に行っております。

一日目は、仙台空港から高速を使って福島県入り。

特定非営利活動法人しんせい 様

特定非営利活動法人ビーンズふくしま 様

の皆様と、見学および情報交換会を行ってきました。

 

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東日本大震災発生から、ちょうど6年が経ちました。

先日のある番組によると、東日本大震災の復興活動はまだ道半ばで、

◎当初2年と言われていた、仮設住宅にお住まいの方は、6年たった今でも住み続けていらっしゃる方がいる(この”2年”というのは、災害救助法で定められているそうで未だに変わっていません。そのため、熊本での仮設住宅の入居期限は2年と定められています。)
◎震災の影響により人口流出は激しく、出ていった人は、なかなか戻ってきていない。6年たった今、人口の戻りも大きくは期待できない

と報道されていました。この件を確認したところ、まさしくこれは事実だということです。大地震、大津波、原発事故、これらの影響は未だに東日本に大きな影響を与えています。

 

そんな中、今回お話いただいた2団体の方々と、

  • 障がい者支援、雇用
  • コミュニティ活動(地域交流、多世代購入)
  • 復興支援から平常活動への繋がり
  • 若者の居場所作り、就労支援
  • 震災支援活動団体として大事なこと、今後の動き方
  • これまでの活動の反省点

 等々、短い間でしたが、、今後の「よか隊ネット」として、とても参考になる貴重はお話をたくさん聞くことができました。

一番印象に残った話が、「震災の課題は社会課題」

震災では、制度の事、行政と民間の棲み分け・連携の事、様々な課題を抱えた人達に対する支援の事、地域活動に関すること、コミュニティに関する事、組織運営に関わること、活動資金の事、ありかたを様々考えなければいけません。

 

これらを一つ一つ掘り下げていくと、決して「震災だけの影響」ではないことが分かってます。

例えば、コミュニティの事。普段の生活を振り返ってみても、なかなか地域の人と交わる機会も減ってきています。そもそも、そこに住み続けている人でさえ希薄になっている今の世の中で、強制的に転居を余儀なくされた人が、すっと地域に馴染むのはとても難しいでしょう。それでも、人と人は助け合いながらではないと生きていけません。困ったときは、お互い助け合える地域作りが大切です。こういった話を時間の許す限りお話させて頂きました。

 

「震災活動を経てからの社会活動」

 

こういった意識が必要になります。活動からやがて一年経つ、「よか隊ネット」としても大きく考えなければ行けないポイントであると思いました。

 

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気軽に話し合える場、居場所づくり

 

東日本大震災では、残念ながら原発事故まで繋がってしまいました。

放射能汚染の問題は、小さなお子様をお持ちのご家庭は、強く心配されています。

 

そういったお母さまの心配毎に大して、みんなで寄り合って話し合える、居場所づくり。そんな活動を、地道に活動されているそうです。

 

熊本地震では、放射能汚染の話しはありませんが、「コミュニティ」に関して大きく問題されています。

地震によって、強制的に住む場所をなくし、引っ越しを余儀なくされた人達。

 

様々な事情により、プレハブ仮設に住むことができず、見知らぬ土地に住まなくてはならない人も少なくありません。

新しい場所で、近隣住民や地域とどのように関わり合い、付き合っていくのか。

 

震災の影響で大きく取り上げられるようになってきましたが、実は、これは今の日本社会として、みんなでしっかり抱えなければいけない社会問題なのかもしれません。

 

長い間活動されている、東北の団体の皆様は、ここに早く気付かれているのかもしれません。

やられている活動は、今の熊本、日本にとても必要な活動であると感じました。

 

そんな活動を1つ見せて頂きました。

 

お邪魔した場所では、「こだわりのコーヒー」というキッカケを加えることで、足を運びやすい居場所作りを実践されています。

「食」という題材は、居場所作りにはなくてはならないものですね。

 

今回、コーヒーを、「煎る」ところから体験させてもらいました。

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煎りたての豆。
最初は緑色だった豆が、こんがりと茶色に。香りもものすごくよかったです。

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そして、みんなで、コーヒーのうんちくを語りながら、コーヒー作り。
これまで見たことがない程に、豆が膨れ上がりました。

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今回は、「こだわりコーヒー」というある一例を体験させてもらいましたが、、

「人が集まるということはどういうことか?」

「そもそも、人は何故集まる必要があるのか?」

等々たくさんの事を考えさせられました。

 

なかなか人が集まることが少なった昨今、今だからこそ、「人の集まる場」「居場所」について考えるときであると感じました。

 

震災を経験した地域から日本を変える。 

そんな意識で、今回学んだことを熊本に繋げます。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなし仮設への訪問を始めて半年、もうすぐ震災から一年の日を迎えます。

訪問させて頂きながら、「熊本地震で家や仕事や家族の健康を失ったのが自分だったら、今どうしているだろう」と思い、その度にきっと私もみなし仮設を選んでいるだろうと考えます。

集団での生活はつらい、音や温度の環境が不安、すぐ傍で楽しそうな集会が開かれていると参加したくない自分が惨めになる…、色々想像してしまいます。 勿論、実際にみなし仮設に住まわれている方は、違う事情、違う気持ちでそれぞれ居られますし、地震で物理的精神的に多くを失い変化を余儀なくされた方々であり、大変な状況の方々ばかりです。

仮設団地にお住まいの方等への見守りが必要ならば、みなし仮設にお住まいの方の見守りも大切です。

平等とは、与える側から起こすアクションの質量の同等性ではなく、受ける側の気持ちや結果が同じになること、それを目指すことだと思います。 日々、私は相談員仲間に恵まれていると感じています。相談員はそれぞれバックグラウンドを持ち理念を持って自ら動く人ばかりです。

これまで困窮者支援、障害者支援、高齢者支援、医療現場等々で働き活動してきたメンバーが集まっており、毎日の相談活動の中でお互いに学ぶことができています。 支援をしていたと言うと立派に聞こえてしまうかと思いますが、私は、よか隊ネットの相談員は皆、自分を支援をする者とは捉えず、自身を「毎日の生活の中で悩み苦しんでいる人間」だと主体的に認識していると感じていますし、それが誇りです。

みなし仮設にお住まいの方々からも、今後も沢山学ばせていただくと思います。 これからもご協力をよろしくお願いいたします。

 

DSCF9518.JPG※写真は記事の内容とは一切関係ありません。

物腰の柔らかいある高齢の女性でした。

 

これまで長い間暮らしてきた益城を離れ、何も知らない新しい場所に移り、足も悪くバス等の公共交通機関の便も悪く、時折訪れる娘が買い物や病院に連れ出してくれる以外は外に出る機会がないそうです。以前は家の外に一歩出たらご近所さんと話すことができたのに、今は人と話す機会がほとんどなく、私たちのいきなりの訪問をとても喜んでくださいました。

 

話を始めたら止まらなくなり、地震のこと、避難所でのこと、引越のこと、子どものこと、益城のこと、色んなことを話してくださいました。

 

話の中に寂しさや孤独感を沢山感じ、お宅を出る時にとても切ない気持ちになりました。   昨年10月にこの見なし仮設訪問事業が始まった直後に伺ったお宅だったのですが、以後この4か月間沢山のお宅を訪問させていただく中で、同じような境遇の方に少なくない数出会いました。

 

又すぐにでもお話をしに行きたいけど、まずはみなしで入居されている全世帯の訪問が優先となっています。

歯がゆい思いをしながらも、私たちに何ができるのだろうかと考えながら、今はお話を聞いて回っています。

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 ※写真と記事の内容とは関係ありません。

暮らしてはじめてわかる悩み

 

10月末より、みなし仮設にお住まいの世帯を訪問し、震災後の生活についてのお話を聞かせていただいています。

訪問し始めた頃は、高齢者世帯、高齢者を含む世帯を優先して訪問しました。 訪問し、お話を聞くことで、みなし仮設にお住まいの高齢者の現状、問題点を詳しく知りました。

 

社会的弱者といわれる高齢者が今回のような震災に会うと、現役世帯より、よりダメージを受け易い。 年金で生活されている高齢者世帯は、住宅の再建が難しい世帯も多く、みなし仮設終了後の家賃を支払う生活に不安を持たれている方も少なくありません。 住む家を無くし、よく検討する余裕も無く、緊急に空いているアパートに移られた方がほとんどです。

 

ある高齢の女性は腰痛があり、3階のマンションの登り降りの生活がたいへんだと話されます。

 

ある膝の悪いお嫁さんは、高齢の足の悪い姑が、浴槽の高さが自宅のより高くなった為、お嫁さんの介助なしに浴槽に入れなくなったため、お風呂に入らなくなり困っていると話されました。

 

マンションで一人暮らしの高齢の女性は、長年住み慣れ、親しくされていた隣近所から離れ、ご近所との交流が無い生活の寂しさを話される。 以前より交通の便の悪い所に引越したため、かかりつけの益城の病院に行くのに、タクシーを使わざるを得なくなったり、交通手段が無いため外出の機会が減り、家に閉じこもりがちになっている世帯もあります。

 

突然の地震で住いを無くし、新しい環境でなんとか日々がんばって生活されている被災者の方々の、一人一人の困り事を聞く事により、何か少しでも現状が良くなるような事に繋げていければ良いなと思い、素敵な仲間たちと助け合って訪問しています。

 

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※記事の内容とは関係ありません。

みなし仮設への訪問をさせていただくようになり、約4ヶ月が経ちました。

当初に比べ新聞やテレビ等で取り上げてもらうことで認知度も上がり、初回訪問でもお話をきかせて頂く機会が増えてきたように思います。

 

訪問先では高齢者の方とお会いする事が多いように感じます。 お話の中で、震災後数ヶ月は前住宅での片付けや申請手続き等で頻繁に益城町へ行き来し慌しく過ごしていたが、最近では生活も少し落ち着いてきた様子が伺えます。しかし、緊張した毎日から少し開放された時、急に今後の不安を感じ不眠・体調不良を起こすといったお話もよく聞かせていただきます。

 

みなし仮設である居住地では、土地勘も無く周辺との交流も少ない為、最低限の外出以外は家で過ごす事が高齢者世帯では多いように感じました。 益城町の情報源として町の広報誌は重要となっており、住み慣れた町と繋がる大切なツールになっている様です。

益城町への思いは強く、“早く帰りたい・また住みたい”という想いや願いに少しでも早く答えていけるような、町からの具体的な方針を打ち立てて頂けたらと訪問の度に感じます。

 

訪問する私達も、みなし仮設の方々の想いと益城町からの情報や現状など、双方に伝えていく役割を果たせて行けたらと思います。 日々の出会いを大切にし、これからも訪問させて頂きます。

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(写真はイメージです。記事とは関係がありません)

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